厚生労働省の「令和5年労働災害発生状況」(確定値)によると、製造業における死傷者数(休業4日以上)は27,194人にのぼり、依然として高い水準が続いています[厚生労働省]。特に経験年数3年未満の労働者(未熟練労働者)による労働災害は、日本の労働災害全体において非常に高い割合を占めています。特定の地域や業種では、死傷者数の約35%から5割以上(53%)が3年未満の未熟練労働者によって引き起こされている事例が報告されており、効果的な安全教育の実施が喫緊の課題となっています。
従来の紙マニュアルや口頭指導による安全教育には限界があります。危険作業の動きや設備の挙動を言葉だけで伝えることは難しく、教育担当者のスキルや経験によって指導内容にばらつきが生じやすい状況です。また、外国人労働者の増加に伴う多言語対応や、ベテラン技術者の退職による技能継承の課題も深刻化しています。
こうした背景から、安全教育動画の導入を検討する製造業企業が増えています。本記事では、労災防止に実効性のある安全教育動画をどのように企画・制作し、現場に定着させるかについて、実務担当者向けに体系的に解説します。
目次
- 製造業における安全教育動画の種類と活用シーン
- 効果的な安全教育動画の企画・構成設計
- 制作工程と外部委託時の品質管理ポイント
- 現場定着を実現する運用・更新の仕組みづくり
- 投資対効果の測定と継続的改善サイクル
製造業における安全教育動画の種類と活用シーン

安全教育動画は、その目的と対象者によって複数のタイプに分類されます。自社の課題に適したコンテンツを制作するために、まず各タイプの特性を理解しておく必要があります。
危険予知(KY)トレーニング動画
作業現場に潜む危険要因を映像で提示し、視聴者に危険を予測・回避する思考を促すタイプの動画です。実際の作業環境を撮影し、「この状況でどのような危険が考えられるか」を問いかける構成が一般的です。
朝礼やミーティング時に5〜10分程度の短い動画を視聴し、グループディスカッションを行う形式で活用されることが多く、日常的な安全意識の醸成に効果を発揮します。定期的に新しいシナリオを追加することで、マンネリ化を防ぎながら継続的な教育が可能になります。
作業手順・標準作業動画
特定の作業における正しい手順と安全ポイントを解説する動画です。文字や図解だけでは伝わりにくい身体の動かし方、工具の持ち方、保護具の装着方法などを視覚的に示すことができます。
新入社員教育や配置転換時の研修、多能工化推進における技能習得支援などに活用されます。作業の全体像から詳細手順まで、段階的に理解を深められる構成が求められます。
事故事例・ヒヤリハット再現動画
過去に発生した事故や、ヒヤリハット事例を映像で再現するタイプの動画です。実際の事故映像は使用が難しいケースが多いため、3DCGやアニメーションを活用して状況を再現する手法が広く採用されています。
事故の発生メカニズムと原因、適切な対処方法を具体的に示すことで、類似事故の防止に寄与します。ただし、過度に恐怖心を煽る演出は逆効果になる場合もあるため、客観的かつ教育的な視点での構成が重要です。
設備・機械操作の安全教育動画
プレス機、工作機械、搬送設備など、危険を伴う設備の安全な操作方法を解説する動画です。非常停止装置の位置と操作方法、インターロック機構の説明、定期点検のチェックポイントなど、設備固有の安全情報を網羅的に伝えます。
設備メーカーが提供する操作マニュアル動画をベースに、自社の運用ルールや過去のトラブル事例を追加編集して活用するケースも見られます。
活用シーン別の動画仕様
動画の長さや画質は、活用シーンによって最適な仕様が異なります。
朝礼やツールボックスミーティングで使用する場合は、3〜5分程度の短尺で、スマートフォンやタブレットでも視聴しやすい縦型フォーマットが適しています。新入社員研修で使用する体系的な教育動画は、1チャプターあたり3〜10分程度(長くても15分以内)を目安としたチャプター構成とし、理解度確認テストとの連携を考慮した設計が有効です[インストラクショナルデザインの知見に基づく]。
効果的な安全教育動画の企画・構成設計

安全教育動画の効果は、企画段階での設計品質に大きく左右されます。現場で実際に活用される動画を制作するためのポイントを解説します。
対象者と到達目標の明確化
動画制作に着手する前に、「誰に」「何を」「どのレベルまで」理解・実践させるかを明文化します。
対象者の設定においては、業務経験年数、保有資格、言語能力などを具体的に定義します。例えば「入社3年以内の製造オペレーター」「技能実習生(法令上の日本語能力要件があるのは介護職種のみ)」といった形で対象を絞り込むことで、説明の粒度や用語の選択を適切に判断できます[出入国在留管理庁]。
到達目標は、行動レベルで記述することが重要です。「安全の重要性を理解する」という抽象的な目標ではなく、「プレス作業における両手操作ボタンの正しい押し方を実演できる」「巻き込まれ危険のある箇所を3か所以上指摘できる」など、観察・測定可能な形で設定します。
ストーリーボードと台本の作成
映像の流れを視覚的に整理するストーリーボードは、制作チーム内での認識合わせに不可欠なツールです。各カットの構図、カメラアングル、表示するテロップ、ナレーション内容を一覧できる形式で作成します。
台本作成においては、専門用語の使用基準を定めておくことが重要です。社内で日常的に使用している略語や俗称が、新入社員や外部から見て理解可能かどうかを確認し、必要に応じて正式名称との併記や用語解説を加えます。
また、ナレーションは1分あたり300〜350文字程度を目安とし、視聴者が映像を見ながら内容を理解できるペースを維持します。重要な安全ポイントは、視覚的な強調(テロップ表示、色変更、アイコン表示など)とナレーションでの反復を組み合わせて印象付けます。
現場関係者のレビュープロセス
企画段階から現場の安全担当者、作業責任者、熟練オペレーターなど複数の視点でレビューを実施することで、実態と乖離した内容や、現場で受け入れられにくい表現を事前に排除できます。
特に注意すべき点として、「模範的すぎる」動画内容が現場から敬遠されるケースがあります。理想的な作業環境や十分な時間的余裕を前提とした内容は、実際の現場条件と合わないと認識され、「参考にならない」と判断されることがあります。現実的な制約の中でも実践可能な安全対策として提示する工夫が必要です。
制作工程と外部委託時の品質管理ポイント

安全教育動画の制作は、自社内製と外部制作会社への委託のいずれかで進めることになります。それぞれの特性と、品質を確保するための管理ポイントを解説します。
内製と外部委託の判断基準
内製が適しているケースとしては、日常的な更新が必要なコンテンツ(KYトレーニング動画など)、機密性の高い製造プロセスを含む内容、少人数向けの限定的な教育コンテンツなどが挙げられます。スマートフォンやタブレットでの撮影と、基本的な編集ソフトを使用すれば、比較的低コストで迅速な制作が可能です。
一方、外部委託が適しているケースとしては、全社展開する基幹的な安全教育コンテンツ、3DCGやVFXを活用した事故再現動画、多言語版の制作が必要なコンテンツ、高品質な映像表現が求められる経営層向けプレゼンテーション素材などがあります。
制作会社の選定においては、製造業の安全教育動画制作の実績があるかどうかが重要な判断基準となります。工場環境での撮影経験、産業安全に関する基礎知識、製造現場特有の制約(騒音、粉塵、高温など)への対応力などを確認します。
映像制作会社の実績や技術力を確認する際は、映像・CGの制作実績などを参考に、自社のニーズに合致した制作パートナーを選定することが重要です。
撮影時の安全配慮と許可取得
製造現場での撮影には、通常の映像制作以上の安全配慮が求められます。撮影クルーへの安全教育の実施、保護具の着用徹底、撮影機材の持ち込み許可手続き、稼働中設備周辺での撮影制限など、事前に確認・対応すべき事項を漏れなくチェックリスト化します。
また、動画に映り込む作業者の肖像権、設備・製品の機密情報管理についても、社内規定に基づいた許可取得と情報管理措置を講じる必要があります。外部制作会社との契約においては、撮影素材の取り扱い、納品後のデータ消去、秘密保持義務などを明文化しておきます。
3DCG・アニメーションの活用
危険な状況を実写で再現することが困難な場合や、設備内部の動きを可視化したい場合には、3DCGやアニメーションの活用が効果的です。
3DCGによる事故再現動画では、人体への影響を客観的かつ安全に表現できます。また、機械設備の断面図やカットモデルを3Dモデルで作成し、内部機構の動きと危険ポイントを視覚的に示すことも可能です。
制作コストは実写よりも高くなる傾向がありますが、一度モデルを作成すれば、異なるシナリオでの再利用や、設備変更時の部分的な修正が比較的容易である点がメリットです。
品質チェックと修正対応
制作途中での確認ポイントを事前に設定し、段階的に内容の精度を高めていくプロセスが重要です。
一般的な確認フェーズとしては、企画書・構成案の承認、ストーリーボード・台本の承認、初稿(ラフカット)の確認、修正版の確認、最終版の承認という流れになります。
各フェーズでの確認事項と承認権限者を明確にしておくことで、手戻りを最小限に抑えながら効率的に制作を進められます。特に安全教育動画においては、安全管理部門の専門家(責任者)による技術的な正確性チェックを必ず実施します。
現場定着を実現する運用・更新の仕組みづくり

優れた安全教育動画を制作しても、現場で活用されなければ投資効果は得られません。制作後の運用設計が、安全教育動画の成否を分ける重要な要素となります。
視聴環境の整備
製造現場で安全教育動画を視聴するための環境整備は、導入初期に対応すべき重要課題です。
視聴デバイスの選択肢としては、会議室や休憩室に設置した大型モニター、個人貸与または共用のタブレット端末、スマートフォンでの個人視聴などがあります。現場の作業環境、視聴タイミング、対象人数に応じて最適な方法を選択します。
ネットワーク環境についても確認が必要です。工場内でのWi-Fi接続状況、ストリーミング再生と事前ダウンロードのどちらが適しているか、セキュリティポリシーとの整合性などを検討します。
また、騒音の大きい現場では、ヘッドフォン使用を前提とした音声設計や、字幕表示を充実させた無音視聴対応なども考慮します。
視聴管理と履歴記録
安全教育の実施記録を適切に管理することは、労働安全衛生法令への対応や、ISO認証の維持においても重要です。
学習管理システム(LMS)を導入している企業では、動画コンテンツをLMSに登録し、視聴完了状況、理解度テストの結果、再視聴の履歴などを一元管理できます。LMSを導入していない場合でも、動画配信プラットフォームの視聴ログ機能や、簡易的なスプレッドシートでの記録管理など、自社の規模と要件に合った方法で履歴を残す仕組みを構築します。
視聴記録は、教育の抜け漏れ防止だけでなく、事故発生時の教育実施証明、労働基準監督署の調査への対応などにも活用される重要な文書です。
定期的な更新とコンテンツ管理
安全教育動画は、一度制作して終わりではありません。以下のようなタイミングで更新が必要になります。
法令・規制の改正があった場合は、関連する動画の内容を速やかに見直します。新設備の導入や既存設備の更改/変更があった場合は、操作手順や安全ポイントの変更を反映します。事故やヒヤリハットが発生した場合は、事例動画の追加や既存コンテンツへの注意喚起の追記を検討します。
コンテンツの管理体制として、各動画の管理責任者、更新判断基準、改訂履歴の記録方法などを定めた運用ルールを策定しておくことが望ましいです。
多言語対応の実務
外国人労働者を雇用している製造現場では、安全教育動画の多言語対応が重要な課題となります。労働安全衛生法第59条により、事業者には外国人労働者を含むすべての労働者に対する安全衛生教育の実施が義務付けられており、言語の壁を越えて確実に内容を理解してもらうための工夫が求められます。
対応方法としては、字幕の多言語化、ナレーションの吹き替え、言語別に別動画を制作する方法などがあります。コストと効果のバランスを考慮し、基幹的な安全教育動画はナレーション吹き替えで対応し、補足的なコンテンツは字幕対応とするなど、段階的な対応も現実的な選択肢です。
翻訳品質の確保のため、専門用語の訳語統一リストを作成し、ネイティブチェックを実施することが重要です。直訳では意味が通じにくい安全指示表現も多いため、対象言語圏での一般的な表現への置き換えも検討します。
投資対効果の測定と継続的改善サイクル

安全教育動画への投資効果を可視化し、継続的な改善につなげるための評価方法を解説します。
定量的な効果測定指標
安全教育動画の導入効果を測定する指標としては、以下のようなものが活用されます。
直接的な安全指標として、労働災害発生件数、度数率(100万延べ実労働時間当たりの労働災害による死傷者数を示す指標)、ヒヤリハット報告件数(報告件数の増加は安全意識向上の指標となりえます)、不安全行動の指摘件数などがあります。
教育効率の指標として、教育実施時間の削減率、教育担当者の工数削減、研修受講完了率、理解度テストの平均点・合格率などが測定対象となります。
これらの指標を動画導入前後で比較し、改善効果を定量的に把握します。ただし、労働災害は多くの要因が複合的に影響するため、動画導入のみを単独の要因として効果を断定することは困難です。複数の安全施策を組み合わせた総合的な取り組みの一環として評価することが適切です。
定性的なフィードバック収集
数値では測定しにくい効果や改善点を把握するため、現場からの定性的なフィードバックの収集も重要です。
視聴後アンケートでは、動画の分かりやすさ、実務への適用可能性、改善要望などを定期的に収集します。現場管理者へのヒアリングでは、作業者の行動変化、安全意識の変化、教育運用上の課題などを聴取します。
収集したフィードバックは、次期コンテンツの企画や既存動画の改訂に反映させ、継続的に品質を向上させていきます。
中長期的な展開計画
安全教育動画の整備は、単発のプロジェクトではなく、中長期的な視点での計画的な取り組みが効果的です。
初年度は、発生頻度の高い災害タイプや、新入社員教育に必須となる基本的な安全コンテンツを優先的に制作します。2年目以降は、カバー範囲を段階的に拡大し、設備別、作業工程別、リスクレベル別などの体系的なコンテンツラインナップを構築していきます。
技術面では、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を活用した体験型安全教育コンテンツへの発展も視野に入れられます。危険体験を安全に疑似体験できるVRコンテンツは、従来の動画視聴よりも高い学習効果が期待できる領域として注目されています。
まとめ
製造業における安全教育動画は、労災防止と教育効率化の両面で有効なツールです。本記事で解説した内容を振り返ると、以下のポイントが実践上の要点となります。
コンテンツ設計では、対象者と到達目標を具体的に定義し、視聴シーンに適した動画形式・長さを選択することが重要です。危険予知トレーニング、作業手順解説、事故事例再現など、目的に応じたコンテンツタイプを使い分けます。
制作プロセスでは、現場関係者を巻き込んだレビュー体制を構築し、実態と乖離しない内容を担保します。外部委託する場合は、製造業の安全教育動画の制作実績を持つ制作会社を選定し、段階的な品質チェックを実施します。
運用と定着では、視聴環境の整備、履歴管理の仕組み、定期的な更新体制を構築します。作りっぱなしにせず、法令改正や設備変更、事故発生などのタイミングで適切にコンテンツを更新していく運用設計が重要です。
効果測定では、労働災害件数や教育工数などの定量指標と、現場からの定性的フィードバックを組み合わせて評価し、継続的な改善サイクルを回していきます。
安全教育動画の導入は、初期投資と運用負荷を伴う取り組みですが、教育品質の標準化、教育担当者の負荷軽減、多言語対応の効率化など、中長期的に見れば大きなメリットをもたらします。まずは優先度の高いテーマから着手し、段階的にコンテンツを拡充していくアプローチが現実的です。
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