「あの人にしかできない」作業が、工場内にいくつ存在するでしょうか。
厚生労働省の「能力開発基本調査」によると、製造業における技能継承を「問題あり」と認識している事業所は約6割(令和4年度調査では59.5%)に上ります。
1990年代から指摘されてきた技術継承問題は、団塊世代の大量退職(2007年問題)を契機に一気に顕在化・深刻化し、いまや企業の存続に関わる経営課題へと発展しています。
従来のOJTや紙のマニュアルでは、熟練工が持つ「勘」や「コツ」といった暗黙知の伝承が困難でした。しかし、映像技術の進化により、言葉では表現しにくい微妙な手の動きや判断基準を可視化できるようになっています。
本記事では、製造業における技術継承動画の企画から制作、運用までを体系的に解説します。単なる撮影ノウハウではなく、熟練工の暗黙知をどのように「伝わる映像」に変換するか、その方法論と実践ステップをお伝えします。
製造業の技術継承が深刻化する背景と動画活用の必然性

数字で見る技術継承の危機
独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)の「ものづくり産業における技能継承の現状と課題に関する調査」(2020年2月公表)によれば、製造業の現場では技能継承が「あまりうまくいっていない」(47.1%)と「うまくいっていない」(6.7%)を合計すると53.8%に達し、半数以上の企業が課題を抱えています。厚生労働省の「令和6年度能力開発基本調査」によると、『人材育成における課題の上位は「指導する人材が不足している(59.5%)」「人材を育成しても辞めてしまう(54.7%)」「人材育成を行う時間がない(47.4%)」となっています。』
特に深刻なのは、熟練工の高齢化と若手人材の不足が同時進行している点です。経済産業省などの「2024年版ものづくり白書」によると、製造業における高齢就業者(65歳以上)の割合は8.3%(2023年)であり、非製造業の14.5%と比較して低い水準で推移しています。ただし、これは製造業全体の数値であり、中小製造業や特定の技能職種においては、熟練技術者の高齢化と後継者不足が依然として課題となっています。
従来の技術継承方法が抱える限界
これまで多くの製造現場では、以下の方法で技術継承が行われてきました。
OJT(On-the-Job Training)
熟練工の隣で実際の作業を見ながら学ぶ方法です。最も実践的である一方、教える側・教わる側の両方に大きな時間的負担がかかります。また、熟練工の退職後は再現が困難になります。
紙のマニュアル
作業手順を文書化したものですが、微妙な力加減や角度、音や振動の変化といった「感覚的な情報は数値で表して伝える」ことができません。「このくらい」「こんな感じ」という表現は、読み手によって解釈が異なります。
口頭伝承
「見て覚えろ」に代表される暗黙の了解に基づく方法です。言語化されていないため、伝承者がいなくなると技術そのものが失われるリスクがあります。
なぜ「動画」が技術継承に有効なのか
動画による技術継承が注目される理由は、暗黙知の「可視化」と「再現性」にあります。
文字や写真では伝えきれない「動き」の情報を、そのまま記録できることが動画の最大の強みです。手の動き、道具の使い方、材料の変化、作業のリズムなど、熟練工が無意識に行っている動作を視覚的に捉えることができます。
さらに、一度制作した動画は何度でも再生可能です。熟練工が退職した後も、その技術を映像として残し続けることができます。新人教育においても、同じ品質の指導を繰り返し提供できる点は、OJTにはない大きなメリットです。
スマートフォンやタブレットの普及により、現場で即座に動画を確認できる環境も整いました。必要な時に必要な部分だけを参照できる利便性は、紙のマニュアルを大きく上回ります。
技術継承動画で「暗黙知」を可視化する3つのアプローチ

アプローチ1:マルチアングル撮影による動作の分解
熟練工の技を映像化する際、最も重要なのは「どの角度から撮影するか」です。単一のカメラ位置では、手元の細かい動きや体全体の姿勢を同時に捉えることが困難です。
効果的なマルチアングル撮影のポイントは以下の通りです。
- 俯瞰(真上からの撮影):作業台全体の配置、道具の持ち替え、材料の移動を把握
- 手元クローズアップ:指先の動き、力のかけ方、道具の角度を詳細に記録
- 側面アングル:姿勢、腕の高さ、体重移動を確認
- 作業者視点 POV(Point of View):熟練工が実際に見ている景色を再現
複数のカメラを同時に回し、編集時または視聴時に切り替えることで、学習者は多角的な視点から技術を理解できます。特に作業者視点の映像は、「熟練工の目線で作業を追体験できる」という点で教育効果が高いとされています。
アプローチ2:スロー再生と静止画の活用
熟練工の動作は、長年の経験によって高速化・効率化されています。初心者がその動きを一度見ただけで理解することは困難です。
動画編集の技術を活用すれば、以下のような表現が可能になります。
スロー再生
通常速度では見逃してしまう微細な動きを、0.5倍速や0.25倍速で再生します。溶接のトーチ角度の変化、研磨時の圧力変化など、一瞬の判断が品質を左右する作業に有効です。
静止画(フリーズフレーム)
重要なポイントで映像を一時停止し、テロップやマーカーで解説を加えます。「この角度」「この位置」という具体的な指示を視覚的に示すことで、曖昧さを排除できます。
比較映像
正しい作業と誤った作業を並べて表示することで、違いを明確にします。「なぜこうするのか」「こうするとどうなるか」を視覚的に理解させる手法として効果的です。
アプローチ3:熟練工の「言語化」を引き出すインタビュー
技術継承動画で最も価値があるのは、熟練工自身が「なぜそうするのか」を語る映像です。作業の手順だけでなく、判断基準や注意点、失敗しやすいポイントなど、経験に基づく知見を言葉で残すことが重要です。
インタビューを効果的に行うためのポイントを整理します。
質問の設計
「どうやるか」だけでなく「なぜそうするか」「どうなったら次に進むか」「どこで失敗しやすいか」を聞き出します。熟練工が無意識に行っている判断を意識化させる質問が鍵です。
作業しながらの解説
椅子に座ってのインタビューよりも、実際に作業しながら解説してもらう方が、具体的で実践的な内容を引き出せます。「今ここを見ています」「この音がしたら」といった、リアルタイムの判断基準が言語化されやすくなります。
後輩との対話形式
インタビュアーを若手社員にすることで、「何がわからないか」を起点とした質疑応答が生まれます。熟練工にとっては当たり前すぎて言語化しにくい部分を、若手の質問が掘り起こすことがあります。
効果的な技術継承動画の企画・構成設計

対象技術の選定と優先順位付け
すべての作業を動画化することは現実的ではありません。限られたリソースで最大の効果を得るために、対象技術の選定基準を明確にする必要があります。
優先度が高い技術の特徴
- 特定の熟練工しか習得していない
- 文字や口頭での説明が難しい
- 品質や安全に直結する
- 習得に長期間を要する
- 発生頻度が低く、経験を積む機会が少ない
一方で、マニュアル化が容易な定型作業や、すでに標準化が進んでいる工程は、動画制作の優先度を下げてもよいでしょう。
学習者の習熟度に応じた構成
技術継承動画は、学習者のレベルによって最適な構成が異なります。
初心者向け(習熟度:入門)
全体の流れを把握することを目的とした「概要編」を用意します。作業の目的、完成形のイメージ、安全上の注意点など、基礎的な情報を中心に構成します。細かい手順よりも「何のために」「何を目指して」行う作業なのかを理解させることが重要です。
中級者向け(習熟度:基本習得済み)
各工程の詳細手順を解説する「実践編」が該当します。基本的な作業はできるが、品質にばらつきがある段階の学習者に向けて、ポイントとなる動作を掘り下げて解説します。
上級者向け(習熟度:応用段階)
トラブルシューティングや例外対応を扱う「応用編」です。通常とは異なる状況での判断基準、熟練工ならではの勘所を伝えます。
1本あたりの適切な長さと分割の考え方
技術継承動画の適切な長さは、学習効果の観点から1本あたり3〜5分程度を目安とするのが実務上効果的です。
実際に、動画マニュアルに関する調査では、視聴者の約8割が「10分未満」の長さを好んでおり、特に5分を超えると集中力の維持が難しくなる傾向が示されています。長すぎる動画は学習効率を低下させ、途中で視聴を止めてしまう「離脱」を招く一因となります。
そのため、1つのテーマを数分以内に凝縮し、無駄を削ぎ落とした構成が求められます。また、単に短くするだけでなく、重要な局面で映像を一時停止させたり、強調したいポイントを赤枠やテロップで視覚的に補足したりすることで、視聴者の意識を逸らさず、確実に理解を促す工夫も重要です。
ただし、この目安はあくまで「1つのトピック」に対する長さです。複雑な作業を1本の動画に収めようとすると、必然的に長くなります。その場合は、工程ごとに分割して「シリーズ化」する方法が効果的です。
動画を分割する際の単位としては、以下が考えられます。
- 作業工程(準備→本作業→仕上げ→検査)
- 使用する道具・機械
- 習熟度レベル(基礎→応用)
- 発生する問題の種類(正常系→異常系)
分割した動画には一貫した命名規則を設け、学習者が必要な動画を探しやすい構成にすることが重要です。
撮影から編集まで:現場で実践する制作プロセス

事前準備:撮影計画と現場調整
技術継承動画の撮影は、通常の企業PR動画とは異なり、製造現場のリアルを安全かつ確実に切り取らなければなりません。まず、生産ラインへの影響を最小限に抑えるため、以下の項目を網羅した撮影計画を策定します。
撮影の基本要件:対象作業の所要時間、カメラの台数と配置、照明環境の確認。
現場特有の配慮:機械音や環境音の収録方法、撮影可能な時間帯の調整、安全装備および撮影禁止区域の遵守。
特に、主役となる熟練工への事前ヒアリングは不可欠です。本人が無意識に行っている「判断のポイント」を事前に共有することで、撮影当日の撮り逃しを防ぎます。また、カメラに緊張しがちな職人に対しては、リハーサルの実施や作業の邪魔にならない位置へのカメラ設置など、自然な動きを引き出すための現場調整が成否を分けます。
撮影本番では、後の学習者が「見て、聞いて、理解できる」だけの情報量を確保します。
撮影時のポイント:記録すべき情報の取りこぼしを防ぐ
視覚情報の多角化:手元と全体を同時に記録するため、2台以上のカメラによるマルチアングル撮影を推奨します。暗い現場でも細部が見えるよう明るさを確保し、三脚を用いて安定した画角で記録することが基本です。
聴覚情報の重要性:機械の動作音や作業のリズムが判断基準になることが多いため、クリアな音声収録を心がけます。解説音声は機械音に埋もれないよう、マイクの選定にも配慮が必要です。
現場のナラティブを拾う:撮影外での熟練工のふとした発言やメモも重要なヒントになります。これらを記録しておくことで、編集時のテロップ内容がより深みを増します。
編集作業:伝わる映像に仕上げる技術
撮影した素材を、学習者が効率よく学べる「教材」へと昇華させるプロセスが編集です。
構成においては、まず「この動画で得られる成果」を明示し、工程ごとにチャプターを区切ることで、必要な箇所をすぐに見返せるようにします。また、重要なポイントをテロップで強調し、注目すべき箇所に矢印やマーカーを加えるといった視覚的補助により、視聴者の迷いを排除します。
さらに、ナレーションの速度やBGMの音量バランスを整えることで、長時間の学習でも疲れにくい工夫を凝らします。こうした技術継承に特化した映像制作には専門的な知見が必要なため、自社制作が難しい場合は、製造現場の実績豊富なプロへ依頼することも有効な選択肢です。
具体的な手法については、映像・CGの制作実績を参考に、自社に最適な表現を検討してください。
技術継承動画を組織に定着させる運用と改善


動画の管理・配信体制の構築
制作した動画が活用され、技術が伝承されて初めてプロジェクトは成功と言えます。そのためには、現場の人間が「いつでも、どこでも」アクセスできる体制を整えなければなりません。
インフラの整備:セキュリティを重視した社内サーバーや、利便性の高いクラウドサービス、さらには視聴履歴を管理できる専用プラットフォームから、自社の要件に合うものを選定します。
検索性とアクセシビリティ:動画の本数が増えても迷わないよう、タグ付けやカテゴリ分類を徹底します。現場のQRコードから即座に対象動画を呼び出せる仕組みは、活用のハードルを大きく下げます。
活用促進と効果測定
動画を公開するだけでなく、組織の教育サイクルに組み込む施策が必要です。
教育カリキュラムへの正式な導入や、視聴完了に対する修了証の発行、上司による積極的な視聴推奨などを通じて、活用を促進します。同時に、視聴データ(再生回数や離脱箇所)を分析し、それが実際の「不良率の低下」や「習熟期間の短縮」にどう寄与したかを定量的に測定することで、取り組みの価値を可視化します。
継続的な更新と改善サイクル
製造現場は常にアップデートされています。設備や安全基準、作業手順に変更があった際、動画が古いままでは現場に混乱を招きます。
変化への迅速な対応:機械の更新や手順の改善に合わせて、迅速に動画を差し替える体制を構築します。
フィードバックの反映:視聴者である若手や現場管理者からの意見を定期的に収集し、より分かりやすい内容へとアップデートし続けます。
このように「制作・運用・改善」のサイクルを回し続けることで、動画マニュアルは組織にとってかけがえのない、進化し続ける知的資産へと成長していきます。
まとめ
製造業における技術継承の課題は、単なる「人手不足」の問題ではありません。熟練工が数十年かけて培った暗黙知をいかに組織の資産として残すか、という経営課題です。
動画による技術継承は、この課題に対する有効なアプローチです。ただし、「撮影すれば伝わる」わけではありません。熟練工の技を可視化するための撮影手法、学習効果を高めるための編集技術、組織に定着させるための運用体制、これらが揃って初めて「使われる技術継承動画」が実現します。
本記事で解説した内容を整理すると、以下の5つのステップになります。
- 技術の棚卸し:動画化すべき技術の選定と優先順位付け
- 企画・構成:学習者の習熟度に応じた動画設計
- 撮影・制作:暗黙知を可視化する撮影手法と編集技術
- 配信・運用:アクセスしやすく、セキュアな管理体制
- 評価・改善:効果測定と継続的なアップデート
技術継承動画の制作を検討されている方は、まず「最も失われては困る技術は何か」を明確にすることから始めてください。そのうえで、自社での制作が可能か、外部パートナーの支援が必要かを判断し、計画を具体化していくことをお勧めします。
当社では、製造業企業様を中心に、3DCGを駆使した製品プロモーションや企業紹介動画などあらゆるジャンルの動画制作の実績があります。
技術継承動画の企画や制作に関する具体的なご相談は、お問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。
