
AR/VRといえば、エンターテインメント分野で活用されているイメージがある方も多いでしょう。実は、医療業界において、AR(拡張現実)技術は診療から手術、教育まで幅広い分野で革新的な変化をもたらしています。従来の医療では不可能だった患部の可視化や遠隔診療の実現、医療従事者の教育効率化など、AR技術は医療の質を大幅に向上させる可能性を秘めています。
本記事では、医療分野におけるAR技術の活用方法、具体的な導入事例、そして期待される効果について詳しく解説します。
医療分野でのAR/VR技術の活用とは?

ARとVRの違い
ARは「Augmented Reality(拡張現実)」の略で、現実の映像にデジタル情報を重ね合わせて表示させる技術です。医療分野では従来は見ることのできなかった患部の内部構造や、医療情報を視覚的に確認できるようになります。治療中の情報確認用デバイスとしての応用や、遠隔医療、画像診断など、幅広い場面での活躍が期待されています。
VRは「Virtual Reality(仮想現実)」の略で、専用のゴーグルを装着して3DCG映像を視聴し、仮想空間をリアルに擬似体験できるものです。VR技術はリアルな状況を立体的に見せられるため、医療分野ではシミュレーションやトレーニングへの応用が進んでいます。
AR技術は現実空間を基盤としてデジタル情報を追加する技術である一方、VR技術は完全にデジタル化された仮想空間を作り出す技術です。医療現場では、現実の患者や医療機器との連携が必要なため、実際の映像を基にするAR技術の方がより実用的とされています。
医療用ARデバイスの進歩
現在、医療分野で利用されるARデバイスは大きく進歩を遂げています。特にMagic Leap 2は医療用電気機器の国際規格であるIEC60601認証を取得した初のARデバイスとして注目されており、医療現場で医療補助機器として使用できます。また、Apple Vision Proをはじめとする高性能ARデバイスの普及に伴い、より精密な医療用AR技術の実現が期待されています。
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医療分野でAR/VRを活用する7つのメリット

医療分野でAR/VRを活用することは、多くのメリットがあります。AR/VRは、診察や治療、医療教育や遠隔医療など、幅広い領域で活用されることが期待されています。従来の医療の限界を超え、高品質な医療を多くの方に提供する可能性を持っています。
ここでは、医療分野でAR/VRを活用する具体的な効果について解説します。
1. 見えなかった患部の詳細な可視化
これまで目視できない患部の状態や疾患については、画像や紙で確認する必要がありました。それがAR/VR技術により、これまで実際には確認できなかった患部の内部構造を3Dで表示できるようになりました。CT画像やMRI画像をリアルタイムで患者の身体に重ね合わせることで、医師は直感的に病状を把握でき、より正確な診断が可能になります。
2. インフォームドコンセントの質的向上
インフォームドコンセントとは、患者や家族が病状や治療について理解し、双方とも合意の上でどのようなケアを選択するか決定することです。
患者や家族への病状説明において、AR/VR技術は非常に効果的です。複雑な医学用語による説明ではなく、患者の身体に直接投影された3D画像により、視覚的で分かりやすい説明が実現できます。これにより患者の理解度が向上し、治療に対する不安の軽減にもつながります。
3. 医療教育の効率化とリアリティ向上
医学生や研修医の教育において、AR/VR技術は革新的な変化をもたらしています。例えば、臓器のVR映像を作成することで、学生やインターンは臓器の構造や動きについて深く理解できます。また通常は見られない体内の構造を、実際に人間の表面に重ね合わせて表示することで、より具体的なイメージにつながります。
医学生や研修医は、AR/VRで再現した教材を用いることで、従来の教科書や人体模型では表現できない詳細な内臓の働きをリアルタイムで立体的に学習できるため、臨場感を持って医療現場の実務を擬似体験でき、理解度の大幅な向上が期待できます。
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4. 医療従事者の手術精度向上と安全性確保
手術シミュレーションにおいて、高精細なVR映像を用いることで、難易度が高い手術や希少な症例、模型での訓練が難しい手術について修得できます。時間や場所にとらわれず、繰り返し練習できるのも魅力です。仮想空間で多くの経験を積むことで、医療従事者の技術向上が期待でき、実際の手術にも自信を持って臨めます。
また手術中にAR技術を活用することで、執刀部位の正確な位置や周辺臓器の配置を視覚的に確認できます。これらにより医療従事者間での技術差が少なくなり、多くの患者に同じ品質の治療を提供できます。手術精度の向上と医療事故のリスク軽減が実現されます。
5. 遠隔医療の実用性向上
医師不足が深刻化している現在、遠隔医療の重要性が叫ばれています。従来の遠隔医療はカメラを通してリモートで医療行為を行う必要があり、実用性に乏しいのが課題でした。
AR/VR技術を活用した遠隔医療では、現場の医療スタッフがスマートグラスを装着し、遠隔地の専門医とリアルタイムで情報を共有できます。専門医は現場の患者の映像を確認しながら的確な指示を出すことができ、医師不足の地域での医療サービス向上に大きく貢献します。AR/VRは、遠隔地医療・遠隔診察を実現するソリューションとして注目されています。
6. リハビリテーションの治療効果向上
AR/VR技術を活用したリハビリテーションでは、治療効果の向上も期待されています。患者がヘッドマウントディスプレイを装着し、VR空間でリハビリを行うことで、これまでよりモチベーションの向上と効果的な機能回復が期待できます。
従来の単調な訓練ではなく、ゲーム要素を取り入れて楽しんで取り組めるようにし、患者の積極的な参加を促すことができます。また、リハビリ情報をデータ化して効率化できるなど、多くの可能性を秘めています。
7. 仮想体験による不安や痛みの緩和
VRが持つ没入感を利用し、仮想体験によって治療中の不安や痛みを緩和するのが「VRディストラクション」です。患者にVR映像を視聴してもらい、意識をVRコンテンツに向けさせることで、治療中の不安や痛みをやわらげる手法です。
VIVE社の「XR Therapy」は呼吸法や自律訓練法を取り入れており、リラクゼーションを促すため、幅広い医療分野での活用が期待されています。
医療分野におけるAR/VR技術の活用事例

AR/VRは、医療分野におけるあらゆる場面で活用されています。ここでは、以下の場面ごとに、実際の活用事例を見ていきましょう。
診察・診断における活用
カナダのアルバータ大学の研究チームは「ProjectDR」という技術を開発しました。これにより患者の身体の表面に、臓器や骨格などの体内の映像を重ねて表示することが可能になります。身体の向きや動きに連動して映像も変化するため、体内が見えているかのように感じられます。
MRIやレントゲンで画像診断を行う場合に比べて、患者の身体を通して内部の臓器や骨格を直接確認でき、より正確な診断が可能になります。
参考:ProjectDR | Faculty of Science | University of Alberta
治療における活用
大塚製薬株式会社と株式会社ジョリーグッドは、統合失調症患者向けソーシャルスキルトレーニング支援VRプログラム「FACEDUO」を共同開発しています。日常における社会生活場面を教材に、多くのVR映像コンテンツを用意しており、限りなくリアルな当事者(患者)体験が可能です。
VR映像には患者向けのアドバイスも表示され、社会で人と関わりながら生きていくために必要なスキルを、スムーズに身につけられます。またVRコンテンツのため、研修の場がない、指導者がいない等の問題も解決でき、標準的なスキルを学ぶ機会を提供できると期待されています。
参考:大塚製薬「統合失調症向けVR支援プログラムを提供開始」
リハビリテーションにおける活用
株式会社 mediVRは、リハビリ用医療機器「mediVRカグラ」を提供しています。仮想空間上の狙った位置に手を伸ばす(リーチング)動作を繰り返し、姿勢バランスや認知処理機能を鍛えてリハビリをサポートします。5種類のゲームを用意しており、楽しみながらリハビリを行えます。
アメリカのデューク大学が推進しているのは、脊髄損傷により歩行が困難な患者を対象にした「VR歩行訓練」です。没入感の高いVR映像を見ながら効果的に歩行回復の訓練ができます。従来のリハビリテーション方法と比較して、モチベーションの向上と効果的な機能回復が確認されています。
参考:mediVR「製品紹介」
参考:Youtube Scientists have found a way to make paraplegics move again
手術支援における活用
イギリスで開発された「Proximie」は、遠隔で医師同士が協働できるAR手術支援システムで、手術中のライブ映像に遠隔地にいる専門医が説明や図などをリアルタイムで投影します。
執刀医は、どこを切るべきか、どの部分を避けるべきかなどを専門医に確認しながら手術できる仕組みです。難易度の高い手術も、専門医のサポートを受けながらより安全で正確に進めることができます。
参考:Proximie「The operating system for intelligent operating rooms.」
医療教育における活用
アメリカのスタンフォード大学は、心臓について学べる教育用VR「The Stanford Virtual Hearts」を開発しました。コントローラーで心臓を動かせるため、あらゆる角度から心臓を観察できます。まるで心臓が目の前にあるかのようなリアルさで、理論と結びつけて理解を深められる学習コンテンツです。
株式会社ジョリーグッドが提供する「JOLLYGOOD+(旧OpeCloudVR)」は、手術の様子を撮影してVR映像をクラウドに保存できます。学生は時間・場所を問わず、いつでも繰り返し体験学習が可能です。希少な症例や名医による手技を擬似体験でき、高い学習効果が期待できます。
参考:Stanford Medicine「The Stanford Virtual Hearts」
参考:ジョリーグッド「JOLLYGOOD+」
遠隔医療における活用
サン電子株式会社は、ARスマートグラス「AceReal Assist(旧AceReal One)」を提供しています。現場の映像と音声をリアルタイムに遠隔地と共有できるのが特徴です。現場から届いた映像に、遠隔地の支援者から指示を加え、現場のスマートグラスに送信できます。
AceReal Assistの活用方法として注目されているのが、遠隔医療です。遠隔地の医師と現場にいる医師同士で情報共有でき、経験豊富な専門医が遠方から現場の医師に的確な指示を与えられるため、医師不足地域での高度医療サービスに効果が期待されます。
参考:サン電子株式会社「AceReal Assist」
世界でも注目されている医療現場でのAR/VR技術

医療現場でのAR/VR技術の活用は、すでに世界中で注目されています。2019年にアメリカで実施された大規模な医療カンファレンス「HIMSS 19」では、多くの企業が医療用のAR/VR技術について発表しました。
医療におけるAR/VR技術は、スタートアップから大手医療機器メーカーまで、多数の企業が参入している領域です。特に、トレーニングに活用できるAR/VR技術が注目されており、積極的な投資・研究が進んでいます。
今後の医療分野におけるAR/VR技術の市場動向
医療業界では、今後もARやVRの技術が積極的に活用されていくことが予想されます。株式会社グローバルインフォメーションが発表した調査レポートによると、医療分野におけるMR(複合現実)の市場規模は、2020~2026年に年平均成長率57.3%で成長し、2026年には7億2,390万米ドルに達すると予測されています。
国内市場においても、シード・プランニング社の調査によると、2021年の153億円から2026年には342億円まで拡大すると予想されており、医療現場でのAR技術導入が加速していくことを示しています。
参考:株式会社グローバルインフォメーション「医療分野における複合現実の市場規模」
参考:株式会社シード・プランニング「医療分野のAR・VRの市場展望」
AR/VRの課題と技術的進歩
AR技術の医療分野での活用は大きな可能性を秘めている一方で、いくつかの技術的課題も存在します。ヘッドマウントディスプレイが重くて長時間の手術に耐えられない点や、病院ごとに異なるシステムの導入による医師の負担増加などが挙げられます。しかし、デバイスの軽量化やシステムの標準化の進展により、これらの課題は徐々に解決されていくでしょう。改善すべき点は多いものの、AR/VR技術には多くの可能性が秘められており、医療業界での活躍がますます注目されています。
今後の展望
医療分野におけるAR/VR技術は、次の領域での更なる発展が期待されています。AI(人工知能)との連携により、AR/VRに表示される情報の精度向上と自動化が進むことで、より効率的な診療が実現されるでしょう。5G通信技術の普及により、遠隔医療でのリアルタイム性が向上し、より実用的な遠隔診療システムが構築されると予測されます。
また、医療データの標準化が進むことで、異なる医療機関間での情報共有が容易になり、連携した医療サービスの提供が可能になってくるでしょう。さらにAR/VR技術の民生化が進むことで、患者自身がスマートフォンやタブレットを使用して健康管理や服薬指導を受けられるようになることも期待されています。
まとめ

医療分野におけるAR/VR技術は、診察から手術、教育、リハビリテーションまで幅広い領域で革新的な変化をもたらしています。患部の詳細な可視化、医療教育の効率化、遠隔医療の実用化など、従来の医療では実現できなかった様々な可能性を提供しています。
技術的課題は存在するものの、デバイスの進歩やシステムの標準化により、これらの問題は徐々に解決されていくと予想されます。医療分野におけるAR技術の市場規模は急速に拡大しており、今後さらなる技術革新と普及が期待されています。
AR/VR技術は医療の未来を大きく変革する可能性を持っており、医療における様々な課題を解決する手段になることが期待されます。今後も技術革新が進む中で、自社の医療サービスや研究分野にどのように取り入れるか検討することが競争力向上のための良策となるでしょう。
